結びの杜 司生堂の片上聡一郎です。
昨晩飛び込んできた、阿部監督の娘さんへの暴力事件。
娘さんの手記にある「ChatGPTに相談して行動した」という内容を見て、あぁ、やっぱりそうか……と、胸が締め付けられるような残念な気持ちになりました。
日々健康の相談を受けるというこの仕事をしていると、ご家族やお子様との関係の問題についてご相談をいただくことも少なくありません。
その中で最近、よく耳にするのが
「子どもがAIに相談しているみたいで、親の言うことを聞いてくれない」
というお悩みです。
僕自身もChatGPT、Geminiをはじめ、様々なAIを日々の業務や思考の整理に活用していますが、まだ心も脳も未成熟なお子様が、AIの「もっともらしい回答」だけを正解と信じ込み、頑なになってしまうことには、強い危機感を抱いています。
AIの出す答えと違って、僕たち人間にこそ備わっている能力。
それは、「想像力」と「対応力」、そして「判断力」だと思っています。
半世紀ほど生きてきて、そして多くの方の人生に触れさせていただく中で思うのは、「正論が、すべての人にとっての正解とは限らない」ということです。
戦後の核家族化に始まり、インターネットの普及、そして「個」がより強調される今の時代。
人の孤独感は年々、深くなっているように感じます。
子どもだけでなく大人も含め、誰もが「自分の気持ちを24時間、否定せずに無条件で受け入れてくれるAI」につい頼りたくなるのは、寂しさの裏返しであり、仕方のないことなのかもしれません。
ただ、画面に提示された「正解っぽいもの」がすべてではありません。
世の中には幾重ものグラデーションのような答えが存在し、時には、思いもよらない全く別の視点や方向性にこそ、進むべき正解が隠されていることもあります。
それを知った上で、現実に人と関わり、行動してほしいと願うばかりです。
これは今後のAIの運営や開発においても、極めて重要な視点になるはずです。
今回の事件は、単に「一人の18歳の女子高生が起こした問題」として片付けるべきではありません。
現代社会が抱える孤独の闇と、急激に進むテクノロジーの歪みがもたらした、私たち全員に関係する「社会事象の結果」として、心に留めておく必要があると感じています。
